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四十にして…

 思想とか社会科学とかいうものに対して、前から不満に思っていたこととして、人間の経年変化みたいなものをうまくモデル化できていないということがあります。この歳になるとはっきるわかるのですが、人間は、歳をとるにつれ、肉体的にだけではなく、考え方も変わってきます。そして、その変わり方には、人によらず共通のものがかなりあると思うのですね。

 たとえば、テリー伊藤氏が何かの番組で「この歳になると、世のため人のためを考えることぐらいしか楽しみがなくなるんですよ」というようなことを言っていましたが、これは、たんなるカッコつけとか韜晦じゃなくて、年齢による心境の変化をわりと素直に表現した言葉なんじゃないかと思うんですよね。

 いわゆる「戦後民主主義」では、全体主義の反動として、「自分を大切に」ということを妙に強調した時期がありました。でも、そういう人権思想というのは、あくまで、社会システムを支えるための擬制であって、社会が個人に自己犠牲を強いては絶対にいけないけれど、個人が自分の意思で利他的な思想を持ち、利他的に行動するのは、それこそ勝手だと思うんですよね(^^)。だからそこには、社会思想と、個人がよりよく生きるための実存哲学の混同があったと思います。

 特に、若いうちは自分のことを考えるだけで精一杯の人も多いでしょうけど、歳をとってくると、自分の寿命にも先が見えてくるし、その寿命の範囲でできることもだいたい見えてきてしまうので、自分のことだけ考えていてもつまらなくなってくるんですよね(ホントだよ)。

 一時は、親の子供に対する干渉とかまで、「自分の欲望を他人に投影しているだけだ」みたい言って悪者視する風潮がありましたよね。でも、歳をとるにつれて、自分の人生とか将来とかを考えることが、欲望の対象として成立しにくくなってくるのは当り前だと思うんです。

 あるいは、老人になっても、将来に夢を持って前のめりに生きているひとを妙に持ち上げるような風潮もあったけど、本当にそんな生き方にそれほど普遍性があるんでしょうかねえ。むしろ、孫の喜ぶ顔が見たいとか、近所の掃除をして近所の人が喜ぶ顔が見たいとか、そういう方が普通なんじゃないでしょうか。

 だから、「自分の欲望として他人のことを考える」という気持ちの存在自体は認めてあげないと可愛そうだなと思うようになりました。

 三谷幸喜の「新撰組!」の一回目で、佐久間象山が「十代のうちは自分のことだけ考え、二十代になったら家族のことを考え、三十代になったら日本のことを考え、四十代になったら世界のことを考えろ」(細かいところはウロ覚えです)とか言うのを聞いたときには、これぞ名言と思いました。(ホントに佐久間象山が言った言葉なのか、三谷さんの創作なのかは知らないけど。)ぼくの実感としては、孔子の「四十にして惑わず」よりもよっぽど響く言葉です。

 だから、利己主義とか利他主義とか一律に切り分けるんじゃなくて、歳をとるにつれて考え方が変わるということを肯定する実存哲学みたいなものがあった方が、高齢者の精神衛生のためにもいいんじゃないかと思うんですけど(^^)。いかがでしょう。

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