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ソフト屋の素朴な感想

 ジャストシステムの「一太郎」や「花子」が特許権侵害で販売禁止を命じられたというニュースは、ソフト屋のはしくれとして、かなり衝撃を受けました。というのも、この判決には、正直どうも納得いかないものを感じるからです。そこで、法律論ではなく、一ソフト屋の素朴な感想として、その違和感を説明してみたいと思います。

 そもそも、問題となっている機能は、バルーンヘルプとかツールチップとかいう名前で、Macintosh にも Windows にも標準で装備されている機能です。この機能がはじめて一般のパソコンユーザーの前に登場したのは、私の知る限り、Macintosh の Mac OS が System 7 になったとき (1991 年) です。

 当時はまだ、CUI 全盛時代で、Windows などはやっと 3.1 が出るかでないかという状態。パソコン界でもようやくオブジェクト指向という言葉が使われ始めたぐらいで、GUI に関しては、ほとんど Apple の独走状態という時代でした。

 今の若い人には信じられないかも知れないけど、そのころはまだ、GUI がほんとうにいいのかということについて、まだ意見が分かれていました。たとえば、「GUI は確かに直感的かもしれないけど、逆に言えば多義性があってあいまいだと言うこと。たとえば、どうやったらウィンドウの形を変えられるかなんて、実際に試してみなければわかりっこない。それが親切なインターフェースと言えるだろうか」みたいな意見があったわけです。

 そもそも、バルーンヘルプという機能は、そういう時代に登場したから新鮮だったわけです。まず、オブジェクトの機能の説明を当のオブジェクト自身にさせる、という発想が斬新でしたし、オブジェクトをクリックしなくても、マウスカーソルがフライバイするだけでもバルーンが表示されるという機能も新しかった。もちろん、その機能がアプリケーションではなく OS 自体に組み込まれているということも重要でした。

 このバルーンヘルプがあると、何も知らない人でも、マウスを闇雲に動かしていれば、ヘルプメッセージがぴょこぴょこ表示されるので、どのオブジェクトに何の機能があるかを、自然に学ぶことができます。したがって、GUI というのは、何も知らない人にとってはとりつく島がない、というような上記の欠点がみごとに解消されるわけです。

 おそらく、このバルーンヘルプというのは、多くのソフト屋が高く評価したに違いないし、だからこそ Windows にも採用されたのでしょう。だから、この機能自体が特許であっても、そんなに違和感は感じません。

 ところが、問題の松下電器の特許を読んでも、少なくともぼくは、バルーンヘルプのような斬新さはあまり感じないのです。なぜかというと、この特許の説明だと、ヘルプを表示する対象はアイコンだけに限定されているし、ヘルプを表示させる前に、いちいちヘルプのアイコンをクリック (実際にはクリックではなく「指定」と書いてあるが) してから、さらに対象となるアイコンをクリックしなければならないからです。

 つまり、この松下の特許には、オブジェクトはすべて自分で自分が何であるかを説明できる、というようなオブジェクト指向的な思想も感じられないし、ユーザーが何も知らなくても、適当にマウスを動かしていれば、自然にシステムについて学べるというふうにもなってないし、そのような機能を実際に OS に実装するにはどのような技術が必要か、ということも何も述べられていないわけです。

 問題となったジャストシステムのソフトは、このバルーンヘルプ (Windows ではツールチップと呼ぶ) の機能をオン・オフにするボタンをつけて、オンになったら、それがわかりやすいようにカーソルの形状を変化させるようにしたら、結果として松下の特許に似たものになってしまったというだけのことなので、これが特許にひっかかるなら、バルーンヘルプやツールチップそのものもアウトだろうと思うのですが、この特許を読む限りは、その技術的な意義には相当な違いがあると感じるのです。

 そもそも、ソフトウェアの世界というのは、互いに他人の作ったものを利用しあうのが当たり前の世界で、たとえば、アプリケーションは OS の機能を利用しているし、特定のアプリケーションを開発する際にも、他のアプリケーションのソースコードや既存のライブラリを利用することにより、開発効率の向上を図るのが常識です。

 したがって、原理的には簡単なことでも、特定のシステムに組み込むのは非常に困難だったりすることは珍しくないのであって、何が斬新で進歩性のある技術かというのは、そういう技術パラダイムの流れとか既存のシステムとの関係とかを抜きにして語れないところがあると思うのです。

 そういう意味で、こんな漠然としたものを特許として成立させてしまい、どんどん拡大解釈を許すと言うことには問題があるのではないだろうか、ということを、まず素朴な感想として言っておきたいです。

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