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すごい毒

 「ほぼ日」の糸井さんが、「ダーリンコラム」で「テレビはすごい」とほめています。

 同じ糸井さんは、数日前には確か、「テレビは毒だ」と言っていて、これはすごくよくわかる気がします。

 ぼくは一時期、テレビをリアルタイムで観るのをやめて、必ず録画して後で観る、と決めていたことがありましたが、やってみると、実際には録画した番組の半分ぐらいしか観ないことがわかりました。その結果、テレビを観る時間は驚くほど減りました。

 けれども、別にテレビが嫌いになったかというと、そんなことはまったくなくて、なんとなくテレビをつければ、どんなにくだらない番組しかやってなくても、かる~く小一時間ぐらいは観てしまうわけです。

 つまり、テレビには、内容だけで判断すれば、別に対して観たくないと思っている人にさえ、いったに観始めたら最後、だらだらと見続けさせる力を持っているわけで、いわば、究極のヒマ潰しテクノロジーと言えましょう。(まあ、娯楽はすべて、最終的にはヒマ潰しだ、という気もしますが(^^))

 考えてみれば、テレビ、特に民放の存在理由というのは、何か有難いメッセージを流すことでもなんでもなくて、コマーシャルまでスイッチを切らせずチャンネルを変えさせず、テレビを見続けさせることなんであって、テレビ界はほとんどそれだけを目指して何十年もやってきたのですから、そのためのテクノロジーが異常なまでに進化しても不思議はありません。

 よく、民放は NHK に比べてくだらない、と言いう人がいますが、NHK は料金をとってやっているのだから、内容があって当然なのであって、(少なくとも視聴者から直接は) 料金をとっていない民放と比べるのは不公平です(かつてはメディアのチェンネル自体が限定されていたので、民放と言えども、公共性に配慮する必要がありましたが、今ではその必要性も弱くなりました)。こういう人は見落としているかもしれませんが、民放がくだらないのは、ひょっとしたら NHK のせいかもしれなくて、NHK がなかったら、民放はもっといい番組を作るかもしれないのです。

 なぜなら、民放が番組にかけられる予算は視聴率に依存しますが、NHK にはそういう制約がないので、民放は、「視聴率は低くても質のいい番組」というジャンルで NHK と競争しても、はなから勝ち目がないからです。したがって、民放は必然的に、高視聴率の見込める大衆向けの番組に特化せざる終えない、という、お役所による民業圧迫みたいな面もあるはずです。

 だから、今後もっとメディアの種類やチャンネルの数が増え、有料なメディアが増えれば、おそらく、有料メディアと無料メディアの役割分担がさらにすすみ、無料メディアの方はある意味ますます「くだらなく」なるんじゃないかと思っています。閑話休題。

 けれども、純粋にメディアとして考えた場合、テレビの優位性は、

  1. リアルタイム動画が、
  2. タダで、
  3. どこでも、

視聴できるということに尽きると思いますが、このような優位性は、衛星放送、ケーブルテレビ、ブロードバンド放送など、さまざまなメディアに脅かされています。インターネットなどは、その上、双方向のインタラクティブ性まで備えているので、おそらく、どの家庭にもブロードバンドの常時接続があるのがあたりまえの時代になったら、地上波で広範囲に映像を流すメディア、という意味での「テレビ」の優位性はほとんどなくなってしまうでしょう。

 しかし、メディアとしてのテレビの優位性はなくなっても、テレビのコンテンツを製作するために培われたノウハウやインフラや技術の蓄積や優秀な人材は残るのであり、こういったものは他のメディアのコンテンツ制作にも転用可能なはずなので、今後徐々に他のメディアにシフトしていくのではないかと思います。

 まあ、テレビを知り尽くした糸井さんがどういう意図でおっしゃっているのかは、ぼくなんかにはわかりませんけど、「 「ほぼ日」はテレビになる」という言葉を表層的に噛み砕くと、そんな感じになるんではないかと思った次第。あ、「ほぼ日」がくだらない、という意味じゃないですよ。為念。

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