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e メールはホントに不安か?

 また、「確率的発想法」の話なんですけど、この「コモン・ノレッジ」の説明ってちょっとおかしくないですか?

 たとえば、電子メールで誰かと待ち合わせの約束をするとき、単に待ち合わせ場所を伝えるだけでなく、「「「「相手が待ち合わせ場所を知っている」ということを自分が知っている」ということを相手が知っている」ということを…」というふうに、無限のメタ認識が成立しないと、その約束は「コモン・ノレッジ」にならない、っていうんですけど。。。

 実は、こういう話は人工知能論とかでもよく出てくるんですよね。たとえば、ゲームのキャラの思考アリゴリズムを設計するときに、敵キャラの動きを読んで、それに応じて動くようなアルゴリズムにする、っていうのはよくあることです。ここで、どうやって敵キャラの動きを読むかを考えたときに、敵キャラの思考アルゴリズムがわかっていれば完全に読めるはずなのですが、その敵キャラの思考アルゴリズムも、相手(つまり自分)の動きを呼んでそれに応じて動くというものだったらどうなるか。

 実際にこのアルゴリズムを動かすと、敵キャラの動きを読む( 自分の動きを読む ( 敵キャラの動きを読む ( … ))) という無限の再帰呼び出しになってしまうわけです。

 ただ、こういう場合、いくら計算が速くても、あるいは、有限の時間内に無限回の計算ができたとしても、このステールメイトが解決する保証ははないような気がするのですが。

 この待ち合わせメールの例でも、両者ともが、「相手が確実に待ち合わせ場所に来るという確信がなければ待ち合わせ場所に行かない」という意思決定方式をとっていて、なおかつ、お互いが相手がそういう意思決定方式をとっている、ということを知っているからこうなるわけで、数列で表せば、

Xn = Xn-1

みたいになっているということでしょう。だから、X0=「行く」なら

Xn = 行く、行く、行く、行く、行く、行く、…

lim Xn = 行く

になるけど、逆に、X0=「行かない」だったら、

Xn = 行かない、行かない、行かない、行かない、行かない、行かない、…

lim Xn = 行かない

になるだけで、別に、無限に繰り返したからって、どう転んでも「行く」方には収束しないと思うんですが。

 だから、これが「行く」方に収束するためには、どちらか一方でも、「相手が来ようがこまいが、行くといった以上は待ち合わせ場所に行く」とか、「相手が来るといったら、それをそのまま信用する」とかいう意思決定方式をとる必要があって、そうすれば、メールのやりとりは数回ですむはずです。

 その後の倒産の例もそうで、別に公的情報かどうかではなく、情報を信用するかしないかの問題じゃないのか? という気がちょっとするのですが。

 たぶん、わかりやすく説明してくれようとして、その分厳密さがなくなっているだけだと思うんですけど、やっぱり、オーマン氏の原典を読まないとだめなのかな(^^)。

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