« e メールはホントに不安か? | トップページ | ソフト屋の素朴な感想 »

民主主義のブートストラップ (イラクの選挙を見て)

 イラクの選挙の投票率が 60% 程度になりそうだとのことで、投票に行った人もテロで数十人亡くなっているし、スンニ・トライアングル地域ではほとんど誰も投票に来なかったところもあるそうなので、もちろん手放しでは喜べませんが、なんとか選挙を終えられたということや、生命の危険を犯してまで投票に来たイラクの人たちの勇気には、やはり敬意を表したいと思います。

 もっとも、これでブッシュ政権がますます頭に乗るのではないかと思うと、かなり複雑な気持ちなのは確かです。ただ、私たちは、心理的にはブッシュ政権のある種の無能さに救われている面もあって、ブッシュ政権がもっと有能だったら、もっと深刻な思想的な問題に直面していたのではないか、という気もするのです。

 人類の歴史を見ても、「正義」には、絶対的な正義がある、という考え方と、当事者が合意したものが正義である、という考え方の二種類があります。もちろん、合意の正義だって、当事者の絶対的な正義を求める心に根ざしているわけだし、絶対的な正義だって、当事者の合意がなければ効力を発揮しないわけですから、これはどっちの考え方が絶対に正しいというものではなく、相補的なものでししかありません。ただ、歴史の流れを見ると、合意による正統性というものをより重視する方向に進んでいることは確かだと思うのです。

 合意による正義は、まず、法による支配と言う形で成立したと思われますが、現実的に法秩序を維持するためにはなんらかの権力が必要です。そして、この権力が腐敗すると、合意の正義と、各個人の思う絶対的な正義が乖離するという現象が起こります。

 この乖離を是正しようと思ったときに、権力者が諫言とかを聞いてくれればいいのですが、多くの場合には、法によって許されている手段の範囲内でそれができるとは限らないわけです。つまり、正統性の基盤自体を変更しようとすると、正統化できない手段が必要になる、というパラドックスがあって、だからこそ、かつての政権交代の多くは、武力という非道徳的な手段で行われてきたのだろうと思うわけです。

 民主主義というのは、投票という手段を導入することにより、このような政権交代の手段自体までもを正統性の枠内に取り込んで、合意による正義をもう一段階徹底することに成功した制度なわけで、ある意味、この制度の登場によって初めて、あらゆる武力闘争を間違っていると言える道が開かれたのではないかと思うのです。

 ただ、この民主主義にも弱点が残っています。それは、今現在民主主義ではない社会をどうやって民主主義に変えられるか、ということです。民主主義を成立させるには、個人が自分の意思を自由に表明できる社会が必要ですが、このような社会は、単に支配権力がなくなれば成立するというようなものではありません。

 実際に人間社会を何も権力のない状態でほおっておけば、ちょっと腕力の強いヤツとか人気のあるヤツとかが、ヤクザの親分みたいに勝手にどんどん権力を作ってしまうのであって、そういう細かい差異を無視して、あらゆる人間を無理矢理平等とみなすような特殊な権力によって、こういう正統化されない権力を強引に駆逐しなければ、民主主義は成立しないのです。つまり、民主主義を成立させるためには、ある種の倫理の相転移みたいなものが必要だということです。

 フランス革命なんかだって、自分を直接支配している領主は倒してもよいけれど、他人のことにはちょっかいを出すな、みたいなことを言っていたら、成立しなかったはずで、みんなで協力して支配階級を打倒したからこそ成立したわけですね。だから、革命を起こす権利はその民族だけにある、みたいな発想は、ある意味、同じ民族は殺して/助けてもいいけど、他の民族は殺して/助けてはいけないという、民族主義あるいは民族差別みたいな論理を孕んでいるわけで、必ずしも普遍主義ではないわけです。

 そんなわけで、この深刻な矛盾をどう解決するかというのは、原理的にかなり難しい問題だと思うのです。しかし、だからと言って、ブッシュ政権のような方法には問題を感じる人が多いでしょう。だとすれば、私たちはなおのこと、この矛盾を解決する方法を真剣に考えなければならないと思うのです。

 より正統性のある方法として思いつくのは、国連で罰則つきの人権条項みたいなのをどんどん増やしていって、加盟国に民主化をじわじわと強制していくというやり方です。国連への加盟というのは、強制ではなく国家の意思で行われるものなので、この方法はその意味では正統性のある方法だと思います。ただ、実際には、中国やロシアのような国が拒否権を発動する可能性もあるし、国際的村八分を受けながら延々存続している国もありますし、制裁といったって、国家に対する制裁の被害を実際に受けるのは、守るべき当の国民だったりするし、いろんな問題があることは否めません。

 ただ、このような問題に絶対的な切り札はないと思うので、少しでもより穏健かつより正統性のある方法を積み重ねて、より相転移が起こりやすい状態に持っていくしかないと思うのです。そういう意味では、私たちもブッシュ政権をバカにしてばかりはいられません。

|

« e メールはホントに不安か? | トップページ | ソフト屋の素朴な感想 »

ニュース」カテゴリの記事

哲学」カテゴリの記事

政治」カテゴリの記事

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/67762/2766311

この記事へのトラックバック一覧です: 民主主義のブートストラップ (イラクの選挙を見て):

« e メールはホントに不安か? | トップページ | ソフト屋の素朴な感想 »