« PC-Transer のパッチ | トップページ | 松本人志 in しりとり竜王 »

公共財としてのプロ野球存続論

 今日のサンプロで、プロ野球特集をやっていたので、プロ野球再編問題について、自分なりにいろいろ考えてみたのですが、結局、重要なポイントは次の3つに尽きると思うのです。

  • 野球というサービスは、一種の公共財の性格を持っている

 現在のところ、球団の収入は、主に、球場の入場料、放映権料、関連グッズの売り上げなどから来ているようですが、実際のプロ野球のファンというのは、このようなモノに金を払っている人に限定されていないはずで、たとえば、野球は大好きだけれども、ほとんど球場には行かず、新聞のスポーツ欄やテレビのスポーツニュースだけで楽しんでいるという人もたくさんいるはずです。(私自身、野球はけっこう好きですが、ナイター中継だってたまにしか見ないし、球場に足を運ぶのは数年に一回ぐらいです。)

 もし、こういう人たちに、プロ野球存続のために月 100 円だけ払ってくれみたいなことを言ったら、払う気のある人は少なくないと思うんですね。仮にそういう人が全国で1千万人いれば、それだけで年 100 億円ぐらいにはなります。

 つまり、プロ野球というサービスには、公共経済学で言うところの「非排除性」や「非競合性」があるため、潜在的な需要よりも少ない対価しか回収できていないと考えられるのです。このような財について、市場メカニズムに供給をまかせておけば、必ず過少供給になる、というのが経済学の教えるところです。

 実際にやっていけないから、球団の数を減らすしかない、というような主張をする人は、このような野球の公共財的性格を無視しているのであって、野球と言うサービスの最適供給量は、もちろん、限りなく増やすのはムリとしても、そんなに少なくはないと思うのです。

 この見地から考えられる対策としては、薄く広く金を徴収する方法を考えるということがあります。具体的には、有料のインターネット中継であるとか、情報提供サービスなどが有力な選択肢として挙げられるでしょう。

  • 野球というサービスは、外部効果が大きい

 野球というサービスは、実際に球団に入る金以外にも、さまざまなところに経済効果をもたらしています。たとえば、近所の飲食店街などは、球団があるとないとではかなり売り上げが違うでしょうし、スポーツ新聞などのメディアの収入も、プロ野球の人気に大きく依存しているはずです。

 このように、市場を介さずに間接的に与える影響を、経済学では「外部効果」と言います。つまり、ここにも、実際に対価は払っていないが、球団の存在によって得をしている人がいるわけです。

 このような、野球の公共財的な性質と、外部効果考え合わせると、地域密着という解が出てきます。

 極端に言えば、地方税から球団に直接補助金を出せば、非排除性の問題もある程度解消されるわけですが、そこまで行かなくても、たとえば、地方自治体が所有する球場をレンタルする際に、そのレンタル料を安くする、などという方法も考えられます。(もちろん、これは、間接的に税金で球団を支えているのと同じことになるわけです。)

 もちろん、球団の関連会社が、積極的にこの外部効果(この場合はシナジーと言った方がよいかも知れませんが)を利用して、複合的に事業を展開する、という手もあります。

  • 球団同士を競合する企業と見なすべきではない

 そもそも、野球というサービスの品質は、各球団が、自分だけの努力で生み出せるものではありません。

 もちろん、ゲームが面白いかどうかは、プレイヤー同士が互いにどれだけ切磋琢磨しあうかにかかっていますから、その意味で、ゲームプレイヤーとしての球団同士が馴れ合いになってはいけません。

 けれども、企業経営のレベルで考えれば、球団同士は、競合するというよりも、むしろ相互に依存し合っているわけで、特定の球団が、自分の球団を強くし、収入を増やそうとして行う行為が、プロ野球界全体の収入というパイを縮小する可能性は十分あるわけです。

 つまり、球団同士は、同じマーケットで競合する企業と言うよりも、同じ企業の中で競い合うライバル社員のようなものだと考えるべきです。

(ついでに言えば、昨今の誤った「成果主義」の導入によるトラブルも、根は同じような誤解から来ているものと思われますし、そもそも、企業同士の競争だって、社会全体のパイを増やすということを目標に、独占禁止法などの制約のもとに行われているわけです。)

 したがって、球団の目標は、あくまで球界全体の収入を増やすことであって、球団間の収入差は、あくまでそのためのインセンティブと位置づけるべきです。

 このような見地から考えられる対策としては、ドラフト改革などによる戦力均衡であるとか、あるいは、収入の分配方式の変更などが挙げられるでしょう。

 別に、とりたてて新しいことを言っているわけではなくて、基本理念を整理してみただけのことですが、球団経営を広告料として持ち出しでやっていくことが困難になった以上、こういう方向性になるのは当然と言えるでしょう。

|

« PC-Transer のパッチ | トップページ | 松本人志 in しりとり竜王 »

スポーツ」カテゴリの記事

ニュース」カテゴリの記事

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

経済・政治・国際」カテゴリの記事

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/67762/2379296

この記事へのトラックバック一覧です: 公共財としてのプロ野球存続論:

« PC-Transer のパッチ | トップページ | 松本人志 in しりとり竜王 »